主婦向け雑誌の『主婦の友』
大正6年3月創刊第一号にある家計簿紹介を
以前コラムで紹介しました。
(前回のコラムは、こちら)
今回はその第二弾として、
再び当時の経済状況を読み解いていきましょう。
アラフォー世代の祖父母が生まれた時代、
人々は、どんな家計をしていたのか。
現代を生きる私たちに大いに参考になると思います!
なお、当時の貨幣価値ですが、
超簡単!EMIKO式貨幣換算を教えましょう。
「〇円」⇒「〇万円」
「×銭」⇒「×百円」
明治後期~大正時代の文学作品などは、これで結構いけます。
【65円で6人家内(家族の意)】
(東京)とき子さんの事情
出典:大正製薬(大正元年に創業)
彼女のご主人は、建築の請負師でしたが、
運悪く数年前に大失敗し、
今は某建築会社で月給65円のサラリーマン
となっています。
家族は、夫婦と4人のこどもとの6人家族で、
長男が早稲田大の理工科に在学の大学生、
長女が女学生、
二女・三女が(尋常)小学生です。
月給65円ですから、
現在の年収800万円世帯。
子どもは多いものの、現代の所得水準からして、
決して貧困世帯、という訳ではありません。
ところが、そうではないのです。
以前は自営業で飛ぶ鳥を落とす勢いだったようで、
なにせ、自営業当時は
今の月給生活の10倍以上といいますから、
推定月給700円!
現在でいう、
年収約1億円世帯だったのです!
ギョ!!
そりゃあ、50~60円!の家賃の家(推定:都内一等地の一軒家)
に住んでたはずです。
子どもには高い学歴をつけさせてと、とき子さん一家は、
典型的な大金持ち家族だったのです。
ところが、事業が大失敗したことにより、
サラリーマン家庭に急転直下、
家賃7円の家に引っ越しを余儀なくされました。
10,000円世帯が、800円世帯となり、
家賃7円の古い貸家(推定2DK)に住むことになった
とき子さん。(推定年齢40歳)
その絶望感は、筆舌につきがたいものがありました。
もし、私がとき子さんの立場だったかとおもうと、
本当に胸がつぶれる思いです。
「事業に失敗してわずかな月給生活に移った当座というものは、
実に実にお話にならぬほどの苦しい思いをいたしました。この間のさまざまな苦しい経験は、
それまで家事に不得手であった
私をまるで別人のようにしてくれました。初めは主人から渡される俸給の金をもって
途方に暮れていたのに、
今では兎にも角にも毎月10円ずつの貯金を、
しかも楽にすることが
出来るようになりました。」
きっと、私からは想像が出来ないくらいの意識改革と、
血のにじむような努力をされての変化だったのでしょう。
とき子さんの家計簿です。
・賄い費(食費):20円
・家賃:7円
・電燈料(電気代):1円
・教育費:10円
(大学:5円 女学校:3円50銭 小学校:1円50銭)
・被服費:5円
・新聞雑誌代:1円
・雑費(税金・交際費含む):3円
・長男小遣:2円
・主人小遣:6円
・貯金:10円
食べ盛り、教育費のかかる子ども4人がいながら
月給の約15%である10円を貯金できているのは、
本当に素晴らしいですね。
それもこれも、一つは、前回の神戸のゆき子さんのように
住宅費や交通費(現代の車関係費)
を削っていることが大きいですね。
早稲田大にまで徒歩で通える自宅が家賃7円なのは、
本当に魅力的です。
でも、豪邸からみすぼらしい家への引っ越しを甘んじて受け、
恐らく数人はいたであろう下女をすべて手放して
自分一人で家事を切り盛りしている
とき子さんの覚悟があったからこそ、と思います。
この家計簿のポイントはどこ?
前回も申しましたが、
食費が現在の20万円と、
決してケチってはいないところは、
注目すべきところです。
よく、家計簿で食費を極限まで切り詰め、
1円でも安いスーパーをハシゴするのを
主婦の美徳とされていますが、
(そして家計簿診断でも、よく食費を削りましょうとありますが)
私は、人間の一番の本能であるこの食費を無理やり削ることの
精神的苦痛は、何よりも大きいと思っています。
(そうですよね、管理人の加納さん?)
カリスマ節約主婦からは
「私なんて、4人家族で食費は4万円よ!?
現代の月20万円の食費なんて、あり得ない!!
この食費さえ20円から10円にすれば、
あと10円も貯金できるのに!」
とのお叱りの声がでそうですよね。
しかしです。
この食費をゆるやかにとらえている家計こそが、
大金持ちからの転落マダムであるとき子さんが、
気持ちよく貯金できている一番のポイントだと私は思います。
それにしても、
このご主人の月給が65円と比べ、
先の漱石小説『それから』のコラム解説の中で紹介した
主人公宗助の旧友である中岡が
エリート行員から新聞記者への転落で、
月給20~30円になってしまった悲劇が
改めて浮き彫りとなります。
東大エリートの成れの果てとして
月給2,30円どんなに屈辱的だったか、
今回の家計簿紹介でもわかりますね。
現代の子育て世代を苦しめる教育費
今は大正時代よりもはるかに高い!
出典:早稲田大学理工学部
もう一つ、この家計簿から読み解けるのは、
大学費用の破格の安さです。
名門私大の理系で
現在の年間60万円の教育費でいける、
というのは到底あり得ません。
(ちなみに、
現在の早稲田大理工学部の授業料は
年160万円です!)
しかも、この60万円は純粋な授業料だけでなく、
学校関係費も全てコミコミ価格なわけですから、
子育て世代である私たちにとっては、垂涎の金額です。
そして、学習真っ盛りのこども4人のうち、
誰一人として塾や習い事もせずに
有名私大理系、女学校にいかせられていることも
注目すべきポイントです。
ある意味、現在の私たち子育て世代を苦しめている
・教育費(塾・習い事含む)
・交通費(車関係費)
・社会保障費(保険料)
の3大苦難がないために、
月20円の食費を贅沢できている、
とも言えます。
「幸いにも家族一同みんな丈夫ですから、
お医者様のお世話になったことはありません。主人はもと可(か)なりに酒が好きでしたが、
今はそれもよして学費をだしてくれますので
子供なども父の厚意に感謝しながら、
一生懸命に勉強しております。今に長男も学校を出て一人前の稼ぎ人(て)となり、
娘たちもだんだん縁づき、
主人も再び元のような事業を起こすことの出来るようにと、
家族6人の者は明け暮れ祈らぬ日とてありません。」
この雑誌は大正6年の発行です。
この3年後である大正9年に、
あの恐ろしい関東大震災がおこります。
このとき子さん一家が、震災で命を落とさず、
どうか無事であったと願うばかりです。
もし、皆が生き残ったならば、焼け野原となった
東京を再興すべく、
きっと建設業が繁盛したに間違いないでしょう。